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【第12代横綱】陣幕久五郎(じんまくきゅうごろう)

最終更新日:2018.11.29

第12代横綱 陣幕久五郎プロフィール

[しこ名] 陣幕 久五郎
[ふりがな] じんまく きゅうごろう
[本名] 石倉槇太郎(いしくらまきたろう)
[所属部屋] 大阪では朝日山部屋、江戸では秀ノ山部屋
[生年月日] 1829年(文政12年)5月3日
[出身地] 島根県松江市
[身長] 173㎝
[体重] 137.0kg
[得意技] 寄り切り
[幕内通算成績] 87勝5敗17分3預
[優勝相当の成績] 5回

分…引分
預…預かり(物言いのついたきわどい相撲などで、あえて勝敗を決めないこと)
無…無勝負(勝負の判定がつけられそうもない微妙な取組の場合、行司は勝敗の裁定をなしにすることができた)

陣幕久五郎が横綱になるまでの道のり

1850年(嘉永3年)11月 江戸で初めて番付に載る(二段目附出し)
1858年(安政5年)1月 新入幕
1867年(慶応3年)4月 横綱免許

「負けずや」と呼ばれた陣幕久五郎

陣幕久五郎は寄り切りを得意としましたが、じっくり構えて自分の型に入ると守りが固いため「負けずや」と異名されました。

陣幕久五郎は1867年(慶応3年)11月に引退しますが、1869年(明治2年)3月、大阪相撲で土俵入りだけをつとめ、そのまま大阪で相撲頭取総長となり、大阪相撲の資格を東京相撲と同格にするなど、大阪相撲に貢献しました。

当時、大相撲を主催するのは江戸だけではありませんでした。今のように主催者が大相撲相撲協会だけになったのはもう少し後のことになります。

また、相撲界を去った陣幕久五郎は各地に相撲の記念碑等を建てて回りました。

一番有名なのは1900年(明治3年)に東京・富岡八幡宮に建てた「横綱力士碑」ではないでしょうか。この碑を建てる際、碑面に歴代横綱を刻銘したのが「歴代横綱」の始まりだとされています。

歴代横綱とは、横綱に代数をふって表したものです。同時に昇進した複数の横綱がいた場合、先に引退したほうに若い代数がふられます。

そして1903年(明治36年)10月21日、74歳でなくなりました。

※敬称略

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