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【第17代横綱】小錦八十吉(こにしきやそきち)

最終更新日:2018.12.02

第17代横綱 小錦八十吉のプロフィール

[しこ名] 小錦 八十吉
[ふりがな] こにしき やそきち
[本名] 岩井八十吉(いわい やそきち)
[所属部屋] 高砂部屋
[生年月日] 1867年(慶応3年)10月15日
[出身地] 千葉県山武郡横芝光町
[身長] 167㎝
[体重] 120㎏
[幕内通算成績] 119勝25敗9分6預
[優勝相当の成績] 7回

分…引分
預…預かり(物言いのついたきわどい相撲などで、あえて勝敗を決めないこと)
無…無勝負(勝負の判定がつけられそうもない微妙な取組の場合、行司は勝敗の裁定をなしにすることができた)

小錦八十吉が横綱になるまでの道のり

1883年(明治16年)5月 序ノ口
1888年(明治21年)1月 新十両
1888年(明治21年)5月 新入幕
1896年(明治29年)5月 新横綱

狂える白象、小錦八十吉

小錦八十吉は13歳のとき、土地相撲の大関であった父親に相撲部屋に入門させられますが、力士になる決意が固まらずいったん故郷へ帰り、ふたたび父親に勧められて16歳で再入門しました。

小錦八十吉が入幕後、39連勝するなどすばらしい成績を残し、立ち合い一気の出足は、行司が「はっきょい」と言い終わらないうちに勝負が決まったほどで、当時の新聞には「狂える白象のごとし」と評されたほどでした。

小錦八十吉は色が白く丸々とした体と愛嬌のある顔立ちで人気が高く、小錦八十吉の錦絵はよく売れたそうです。

1901年(明治34年)1月に引退し、引退後は年寄二十山を襲名。大関千葉ヶ崎などを育て、小錦八十吉の律義で温厚な人柄はみんなから愛されこともあり、取締までつとめたあとは別格扱いの年寄として厚く遇されたようです。

そして1914年(大正3年)10月22日、48歳で亡くなりました。

※敬称略

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