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【第16代横綱】初代西ノ海嘉次郎(にしのうみかじろう)

最終更新日:2018.12.01

第16代横綱 初代西ノ海嘉次郎のプロフィール

[しこ名] 西ノ海 嘉次郎
[ふりがな] にしのうみ かじろう
[本名] 小園嘉次郎(おぞのかじろう)
[所属部屋] 京都の鯨波(ときのこえ)部屋→東京の高砂部屋
[生年月日] 1855年(安政2年)1月3日
[出身地] 鹿児島県薩摩川内市
[身長] 176㎝
[体重] 126㎏
[幕内通算成績] 122勝36敗24分4預
[優勝相当の成績] 2回

分…引分
預…預かり(物言いのついたきわどい相撲などで、あえて勝敗を決めないこと)
無…無勝負(勝負の判定がつけられそうもない微妙な取組の場合、行司は勝敗の裁定をなしにすることができた)

初代西ノ海嘉次郎が横綱になるまでの道のり

1882年(明治15年)1月 東京で幕内附出し
1890年(明治23年)5月 横綱免許

初めて番付に「横綱」と記載された初代西ノ海嘉次郎

初代西ノ海嘉次郎は、初代高砂が1874年(明治7年)に名古屋で旗揚げした「改正相撲組」に加入していたため、東京で会所に復帰した高砂に優遇されて幕内附出しとなりました。

西ノ海嘉次郎は力が強く筋骨たくましい体で相手を四つに組みとめ、相手の差し手を両腕で極める「泉川」やそのまま土俵の外に運ぶ「ため出し」が得意で、相手が極められた腕をめったに外せなかったので「泉川関」の異名で恐れられました。

東京で横綱の文字が番付に記載されたのは、1890年(明治23年)5月、西ノ海嘉次郎が最初だといわれています。

1896年(明治29年)1月に引退し、引退後は年寄井筒を襲名して第25代横綱西ノ海嘉次郎(二代目)、大関駒ヶ嶽のほか多くの力士を育て井筒部屋を発展させました。

そして1908年(明治41年)11月30日、53歳に亡くなりました。

※敬称略

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