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【第6代横綱】阿武松緑之助(おうのまつみどりのすけ)

最終更新日:2018.11.24

第6代横綱 阿武松緑之助プロフィール

[しこ名] 阿武松 緑之助
[ふりがな] おうのまつ みどりのすけ
[本名] 佐々木長吉
[所属部屋] 武隅部屋
[生年月日] 1791年(寛政3年)生まれ
[出身地] 石川県鳳珠群能登町
[身長] 173㎝
[体重] 135㎏
[幕内通算成績] 142勝31敗24分8預1無
[優勝相当の成績] 5回

分…引分
預…預かり(物言いのついたきわどい相撲などで、あえて勝敗を決めないこと)
無…無勝負(勝負の判定がつけられそうもない微妙な取組の場合、行司は勝敗の裁定をなしにすることができた)

阿武松緑之助が横綱になるまでの道のり

1815年(文化12年)11月 初めて番付に載る
1822年(文政5年)10月 新入幕
1824年(文政7年) 長州(山口県)毛利藩のお抱えとなる
1827年(文政10年) 大関の時に長州候の命でしこ名を「阿武松」へ改名(由来は秋の景勝地「阿武の松原」)
1828年(文政11年)3月 横綱免許

流行語「阿武松じゃあるまいし」の生みの親?

第6代横綱阿武松緑之助は、第7代横綱稲妻雷五郎のライバルとして文政から天保にかけて大相撲を盛り上げました。

【第7代横綱】稲妻雷五郎(いなずまらいごろう)

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歴代の横綱

阿武松緑之助は立ち合いが慎重であったため、なかなか立たず「待った」となることが多かったようです。

『甲子夜話(かっしやわ)』によると、当時の江戸市中で相手を長く待たせると「阿武松じゃあるまいし」と言われたという話が掲載されています。

落語でも「ひと仕事をして戻ってみると、まだ仕切直しをしていた」なんて言われたり…

良くいえば「慎重」、悪くいえば「消極的」な相撲を取ったようですが、温厚で義理堅いその性格から人々の間でかなり人気のある力士だったようです。

阿武松緑之助は1835年(天保6年)10月に引退し、引退後は現役名で年寄阿武松となりました。また、しこ名の「阿武松」は日本相撲協会の年寄名跡の一つとされ、二度と使ってはいけないしこ名になっています。(野球でいう永久欠番ならぬ永久欠「名」のような感じです)

1851年(嘉永4年)12月29日に60歳で亡くなりました。

※敬称略

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