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【第20代横綱】梅ヶ谷藤太郎(二代目)(うめがたにとうたろう)

最終更新日:2018.12.15

第20代横綱 梅ヶ谷藤太郎(二代目)のプロフィール

[しこ名] 梅ヶ谷 藤太郎
[ふりがな] うめがたに とうたろう
[本名] 押田 音次郎(おしだ おとじろう)→小江 音次郎(おえお とじろう)
[所属部屋] 雷部屋
[生年月日] 1878年(明治11年)3月11日
[出身地] 富山県富山市
[身長] 168㎝
[体重] 158㎏
[幕内通算成績] 168勝27敗47分2預
[優勝相当の成績] 4回

分…引分
預…預かり(物言いのついたきわどい相撲などで、あえて勝敗を決めないこと)
無…無勝負(勝負の判定がつけられそうもない微妙な取組の場合、行司は勝敗の裁定をなしにすることができた)

梅ヶ谷藤太郎(二代目)が横綱になるまでの道のり

1892年(明治25年)6月 序ノ口
1897年(明治30年)1月 新十両
1898年(明治31年)1月 新入幕
1904年(明治37年)1月 横綱免許

「梅常陸」時代を築いた梅ヶ谷藤太郎(二代目)

梅ヶ谷藤太郎のしこ名ははじめ梅ノ谷といい、大関に出世して4場所目に師匠の梅ヶ谷を襲名しました。

1903年(明治36年)5月、第19代横綱常陸山谷右衛門と東西の大関同士で全勝対決をし、残念ながら梅ヶ谷藤太郎は敗れてしまったものの、場所後に2人同時に横綱を免許されました。(2人同時に横綱免許を授与されたのは1789年(寛政元年)の第4代横綱谷風梶之助と第5代横綱小野川喜三郎以来)

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歴代の横綱

梅ヶ谷藤太郎の堅実で自在な守りを柔とすれば常陸山谷右衛門の厳しい気迫の攻めは剛となり、2人の実力伯仲の好勝負は「梅常陸」と呼ばれて一時代を築き、明治後期の大相撲を盛り上げました。

梅ヶ谷藤太郎の華麗な横綱土俵入りは「雲龍型」として土俵入りの動作の基となり、現在にまで伝わっています。

【第10代横綱】雲龍久吉(うんりゅうひさきち)

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歴代の横綱

1915年(大正4年)6月に引退し、引退後は年寄雷を襲名します。雷部屋を継いで協会取締にも任ぜられましたが、弟子に恵まれず同部屋は初代梅ヶ谷から二代で終わりました。

そして1927年(昭和2年)9月2日、49歳で亡くなりました。

※敬称略

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